大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)1765号 判決

被告人 久保田勝三

〔抄 録〕

所論は、事実誤認の主張であつて、被告人は、原審相被告人及川靖範が被害者猪狩幸吉を殺害しようなどとは毫も考えていなかつたから、たとえ被告人において及川へ猟銃一挺と実包(猪弾)二発を貸与し、同人がこれを発射して猪狩を殺害したからといつて、被告人に傷害致死幇助の責任があるというのなら格別本件につき殺人幇助罪が成立すべきいわれは何らないというのである。

なるほど、原判決挙示の証拠たる被告人の原審第一回公判における供述および司法警察員に対する昭和四四年五月四日附の供述調書中には、それぞれ、論旨の摘記するような記載個所のあることは所論のとおりである。しかし、他面、被告人の検察官に対する供述調書には、論旨も認めているように被告人の殺人幇助の犯意を明らかに肯定した供述記載がある。所論は、これを検察官の誘導に基づくものであつて、その内容も、右のような被告人の公判における供述や捜査の初期の段階における供述と比べて到底信用ができないもののようにいうけれども、原審第七回公判調書によると、被告人は同公判で被告人の検察官に対する右供述調書を証拠とすることに同意したことが明らかであり、またその内容を他の関係証拠と相対比して検討しても、右自白が検察官の誘導に基づく虚偽の供述であるとは到底考えられない。却つて、原判決挙示の、証拠能力はもとより、証明力も十分なその余の諸証拠によると、原審相被告人及川靖範は、昭和四四年五月三日夜神奈川県秦野市内の友人八幡正英方で被害者猪狩幸吉などと飲食した際、同人からその呼出しに応じて外へ出て来るのが遅かつたと罵しられ、同人の運転する自動車へ無理遣りに連れ込まれて、「この野郎、ぶつ殺すぞ。」と庖丁を振り上げられたため、恐ろしくなつて直ちに同車内から外へ飛び出したものの、憤懣遣る方なく、予ねて猟銃の操作については心得もあつたところから、ここに被告人が猟銃を持つていることを想起して、同人に談判して同人からこれを借り受け、その猟銃で猪狩を脅かすべく、若しこれで同人を殺害するようなことになつてもやむを得ないものと考えるに至り、翌四日午前一時三〇分頃には、同市内の当時における被告人方へ赴いて、寝ている被告人を起し、事情を述べて、被告人に対し猟銃の貸与方を強く求めたこと、その際、及川は被告人に対し「猪狩の奴をやつてやる。」と述べていること、被告人としては予ねて及川の気質をよく知つており、また事態の客易ならざることを悟つて、最初は同人の申出を辞つていたものの、同人の形相や剣幕に圧倒されて遂いに猟銃一挺と実包(猪弾)二発を同人に貸与するに至つたこと、実包二発は及川が装填したが、その際、被告人は敢えてこれを阻止しようとはしなかつたこと、被告人方の階段を降りる時にも、及川は、「猪狩の奴、やつてやる。」と口走つていること、被告人は自宅からライトバンを運転して、及川を助手席に乗せ、同人と一緒に猪狩を探しに出掛けていること、及川は八幡の家などで猪狩の所在を確めており、その際にも、「あの野郎、ぶつ殺してやる。」と怒鳴つていること、同日午前二時一〇分頃同市内の府川貞雄方前路上で猪狩を発見するや、及川は、直ちに車を降りて、猟銃を持つたうえ、猪狩の方へ向かつたが、その際、被告人は別段これを止めようともしなかつたこと、程なく被告人は銃声二発を聞いていることおよび及川が猪狩に向けて二回発射した弾丸は、その一発が同人の下腹部に命中し、猪狩は同日午前五時五五分頃同市内の及川医院で右命中による下腹部貫通銃創に基づく失血のため死亡するに至つたことなどの諸事実が窺われる。以上のような経緯に、本件猟銃の性能ということをも併せ考えると、被告人としては、原判示のように、「及川が、前記猪狩幸吉を死に至すもやむなしと決意して使用するものであることを察知しながら、あえて同被告人に前記猟銃一挺と実包二発を貸与した上、自宅から前記府川貞雄方附近路上まで、右及川を自己の運転する自動車に同乗させ、もつて同被告人の第一、一の犯行を容易ならしめて幇助した。」ものと断ぜざるを得ず、これと符節の合つた被告人の検察官に対する前記供述調書の記載は十分信用するに足り、これを以つて、所論の如く「検察官が法律技術者としての悪しき習性を発揮して犯罪構成要件に該当するよう誘導し言わせた疑いが濃い。」などとは到底いえない。原判決がこの供述調書を採用したのはもとより当然であり、同判決の認定は相当であつて、記録および証拠物を調べ、また当審における事実取調べの結果に徴しても、原判決のこの認定に所論のような過誤があるとはいえない。論旨は理由のないものであつて、採用し難い。

(江碕 龍岡 桑田)

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